靴下の臭いにバニラを混ぜるとチョコレートになる。においの客観化に挑む“電子鼻”の現在地

はじめまして。喜多純一と申します。株式会社におい科学研究所の代表をしています。
先日あるところから取材を受け、できるだけ平易に回答しました。今回はそれをもとにブログ調にまとめてみました。

においを測る仕事を、30年以上続けてきました。前職の京都の分析機器メーカーでは、においセンサーやにおい関連装置の開発に携わり、退職後にこの会社を立ち上げました。今は、においセンサー(電子鼻)の開発を続けながら、においに関する様々な相談やセミナーをお受けしています。

においは、誰もが毎日感じているのに、意外と「測れていない」ものです。なぜ測れないのか。そしてどうすれば測れるようになるのか。そのことにずっと挑戦しながらあれこれ考えてきました。今回は、なぜ私が「におい」と長年向き合っているのか、お話します。

「においを測りたい」というニーズに応えたい

においを客観的に測りたいというニーズは、世の中にあまたあります。

たとえば、工場の近くに住む方から「うちの周りが臭い」という苦情が来たとします。工場側はなんとかしなければなりませんが、どこが原因なのか、本当に基準を超えているのかを客観的に示す必要があります。成分を分析する方法では、10件の苦情のうち3件しか原因を特定できない現況にあります。残りの7件は、人の鼻で確認するしかありません。ところが、人の鼻に頼ると、うまくやらないと個人差が出てきますし、何より健康被害も考える必要があります。

食品の世界でも同じです。コーヒーの香りが劣化し始めたタイミング、食品の品質が変わり始めた瞬間を、人の鼻ではなく機械で捉えられたら、品質管理がずっと正確に信頼できるものになります。最近では、代替肉の独特のにおいを抑えたいというニーズも出てきています。

「自社の製品が臭いと言われるが原因がわからない」
「においセンサー(電子鼻)を開発しようとしているが、考えれば考えるほど何を目標にすれば良いかわからなくなってくる」

そんな相談が、日々届きます。雑貨、飲料、車の部品、工場からの悪臭まで、においの悩みは業種を問いません。

こうしたニーズに応えるために、私が取り組んでいるのがいわゆる「電子鼻」と呼ばれるアプローチです。人の鼻がにおいをパターンとして捉えるように、複数のセンサーを組み合わせて、においを成分に分けず「かたまり」として捉えようというものです。成分に分離して分析する方法とは逆の発想。「分けない分析」と言っても良いかもしれません。その先にA+BのにおいがA+Bにならない答えがあると信じています。

においを複合臭の効果を含めて客観化することは、簡単ではありません。でも、だからこそやりがいがある。そう思って、今日もにおいと向き合っています。

「においの研究」との出会い


私が分析機器メーカーに入社したのは、京都大学の化学工学科を卒業した後のことです。

化学工学というのは、石油化学コンビナートにあるような蒸留塔などを設計する学科です。そのため、そのまま専門を活かして就職すると、海のそばのいわゆる臨海工業地帯の近くに住むことになります。先輩訪問で各地の工場を回ったのですが、どこも環境はいいけど少し寂しいか、もしくはゴミゴミしているかで。暮らしのイメージが湧きませんでした。それよりも、京都に残りたかった。研究が続けたかった。そして何より、誰もやっていない新しいものを作りたかった。

分析機器メーカーで入社後研究所に入れてくれした。学部卒でも研究ができて、しかも京都に残れた。専門分野にこだわりつつ、新しいものを開発できる環境は最高でした。多数のアイデアを出すことには自信がありました。

入社してからは、一人一テーマで研究ができました。いくつかのテーマを経て、においセンサー(電子鼻)の話が来たのは1993年か94年頃のことでした。においセンサーに惹かれた理由の一つは、センサーそのものが製品になるという点でした。それまで開発してきた検出器は、大きな装置の中の一部品です。どれだけ性能が良くても、装置全体の中でのコスト分しか評価されない。でもにおいセンサー(電子鼻)は、センサー自体が売り物になる。開発したものがそのまま世の中に出ていく感覚があって、やりがいを感じました。

1999年には皆さんと協力して装置を製品化できました。それからはお客さんと一緒に使い方を探ったり、新しい機能を加えたりと、においに関わる仕事をずっと続けてきました。気づけば40年近く、においのことを中心に考えてきました。

退職するとき、自分が関わっていた装置の販売も同時に止まってしまいました。もったいないな、と思いました。続けられるならやりたい。そう思って、におい科学研究所を立ち上げたのが今から2年半ほど前のことです。

においはなぜ、こんなに難しいのか


30年
以上この仕事をしてきて、においは本当に難しいと思います。そして、難しさの正体を一言で言うなら「混ざると別のものになる」ということです。

においの成分を調べる方法はあります。においのする空間の中にどんな物質がどれだけ含まれているか、装置で分析することができます。ところが、その成分が混ざり合った時に、どんなにおいになるのかは、分析だけではわかりません。

たとえば、靴下の蒸れたにおいにバニラのにおいを混ぜると、チョコレートのにおいになります。化学的な反応が起きているわけではないのに、混ざった瞬間に、まったく別のにおいとして感じられるんです。これをハーモナイズ効果と呼んだりしますが、なぜそうなるのかは、まだ完全には解明されていません。

においを難しくしているもう一つの理由は、においのしない物質が大量に周囲に存在していて、それらが混ざり合っても鼻はそれらに邪魔されることなくにおいを嗅げますが、センサーなどの他の手段だとこの周囲のにおいのしない物質に邪魔されてうまくにおいが測れない。さらに、同じ「弱いにおい」でも、物質によって人が感じ始める濃度が大きく違います。ある物質はほんのわずかでも強烈に感じるのに、別の物質はたくさんなければ感じない。その差は、ものによっては何十億倍にもなります。

においの一個一個の現象はシンプルです。でも、それが全部いっぺんに絡み合うと、途端に複雑になります。気象と似ていると思っています。細かく見れば物理の法則通りに動いているのに、集まると何が起きるか予測できない。においも同じです。

においには「原臭」がない

においの難しさの中で、一番根本的なものをまだ話していません。においには「原臭」がないんです。

光には三原色があります。赤、緑、青の三色を組み合わせれば、どんな色でも作り出すことができます。テレビやスマートフォンの画面が美しい映像を映し出せるのは、三原色という「答え」があるからです。

においにも、もし「これだけ用意すればどんなにおいでも再現できる」という原臭があれば、においをデータ化してインターネットで送り、受け取った側で再現することが、理論上可能になります。でも今のところ、その原臭は見つかっていません。それだけでなく、においのする物質は40万種類以上あると言われていて、どれだけ用意すれば再現できるのかが、そもそもわかっていないんです。

香水の世界では、調香師という専門職がいます。1年半くらいかけて何百種類もの素材の名前と香りを覚え、それを混ぜた時にどんな香りになるかを体で覚えていく。それでもなお、混ぜた時の香りをイメージ通りに作れるかどうかは、クリエイティブな才能にもかかっているそうです。

シャネルNo.5が香水の歴史を変えたのも、場合によっては臭いとされる成分を加えることで深みが生まれたからだと言われています。悪臭が、かえって香りを豊かにすることがある。それがにおいの面白さであり、難しさでもあります。

においセンサー(電子鼻)の開発に挑んだ会社は、今まで世界中に100社以上ありました。ところが、まだ良いものは完成していません。理由の一つは、センサーの感度を上げることに集中しすぎて、においの複雑さを見落としていたからです。実験室でうまくいっても、実際の現場に出ると全然うまくいかない、ということが起こります。湿度や温度だけでなく、周囲の環境が変わるだけで、結果が変わってしまうんです。

「におい」にお困りの方はご相談ください

においの難しさをずっと話してきました。だからこそ、においで困っている方や、においセンサー(電子鼻)の開発に取り組んでいる方には、できるだけ早い段階で相談に来てほしいと思っています。

30年以上この仕事をしてきて、「どこでつまずくか」がわかるようになりました。においセンサー(電子鼻)の開発でよくある落とし穴だけでなく、においの分析やにおい全般で見落としやすいポイント。そういったことを、早い段階で共有できれば、遠回りを減らすことができます。

においかおり環境協会の理事・副編集委員長として、においセンサーがなぜ難しいのかを業界に向けて発信する活動もしています。まだ解明されていない問題があるからこそ、この分野には可能性がある。そう思っています。

そして、一番遠くにあるようで結構近い目標は、においを感じる能力もあるロボットです。

AIの進化とともに、フィジカルAIという言葉が聞かれるようになりました。カメラや力覚センサーを備えたAIロボットが、人の代わりに作業をする時代が来ようとしています。そこに、鼻の感覚も加えられないか、最近良いアイデアを思いついています。

たとえば、放射線量が高くて人が入れない場所での作業。たとえば、危険なガスが発生しているかもしれない空間の探索。においというのは、遠くの情報が先に届くことがあります。見えない、聞こえない、でも何かが臭う。そういう感覚は、極限の状況ほど重要になります。人間が五感をフル活用して危険を察知するように、ロボットにもその能力を持たせたい。

においセンサーがまだ十分ではないから、活用がない。でも、いいものができれば、活用のアイデアはいくらでも出てくると思っています。その日のために、今日もにおいを測り続けアイデアを試し続けています。

株式会社におい科学研究所ではにおいに関するご相談、においセンサー開発のご相談を受け付けております。ぜひ、お気軽にお声掛け下さい。ここまでお付き合いくださいまして、ありがとうございました。

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